±Days

そのころ彼女は




 目が覚めた。頭が痛い。内側からじゃない、外側から痛む感覚。
 泣きそうな――いや、もう泣いている、わりと一方的に見知った人物の顔が見えた。
 しくじったことを自覚する。やらかした。
 後悔はするけれど、それがこの状況をどうにかしてくれるわけでもない。
 数度の呼吸で息を整えて、痛みは堪えられると判断する。
 ――さあ、これからが勝負だ。


「……あー、っと。ちょっと気絶してた? ええと、とりあえず、怪我とかしてない?」

「っ、そ、それはこっちのセリフです……!」

「いやだって自分についてはともかくあなたについてはわかんないし。で、怪我は?」

「……ない、です! 貴方がかばってくれたから……!」

「……困ったな。泣かないでよ。こっちとしては下手うったなーって反省中なんだから」

「……?」

「せめて逃がしてあげられたらと思ったんだけど、ごめん。ちょっと無理そう」

「なっ……け、怪我してるのに! だって頭、頭っ……!」

「かすったくらいだから心配しないで。ちょっとうっかり脳震盪っぽいもの起こしただけだから」

「それで安心できるわけないじゃないですか!」

「うん、それはごもっとも。で、あなたどれくらい状況把握してる?」

「……誰かの指示で、私がさらわれそうになったのを、貴方が助けようとしてくれて……一緒にここに連れて来られたってこと、くらいです」

「まあ大体間違ってないかな。訂正すると、どっちにしろ私もさらう対象に入ってたっぽいからこそ、あなただけでも逃がしたかったんだけど」

「どういう……?」

「あなたにやたら寄ってくる目立つ四人組。あれ、私の幼馴染なんだ」

「……おさな、なじみ」

「うん。噂とか――は入ってこないよねぇ。あいつらのせいで。まあそういうわけだから、あいつら絡みのこの誘拐劇の対象になるのは確定だったわけ。あなたが気に病むことはないよ」

「でも、怪我……」

「そんな大したものじゃないから気にしない。それよりこれからどうするかっていうのが大事だよ」

「どうするか、ですか……」

「あ、わかってると思うけど同い年だから、敬語はいらない」

「わかり、……わかっ、た」

「で、だ。私たちは今絶賛攫われ中なわけです。この無駄に豪華などっかのホテルのスイートルームかなんかだろーなって部屋に軟禁状態です」

「うん」

「多分そのうち自己顕示欲の強い黒幕が現れていろいろぺらぺら喋ってくれるイベントすら起きそうだけど、どうしたい?」

「どうしたい、って……?」

「大人しくしてれば、まあ最低限の安全は保障されると思う。むやみやたらに害を与えるとかそこまでのことはないはずだし。このまま待ってれば、誰かしら動いて助けようともしてくれると思う。――ただ、私は助けられるのを待つだけ、っていうのはもうイヤなので、こっちからも動きたいと思ってる。でも、それによってあなたに不利益がないとは言い切れない。危ない目に遭う可能性が高くなることもあるかもしれない。一緒に攫われちゃったから、こればっかりはどうしようもない。だから、あなたがこのまま助けを待ちたいというのなら、私も動かないでいようと思ってる」

「…………」

「……変に気を遣ってほしくはないから、率直な気持ちを言ってほしい。『動かない』って選択肢は、すごく真っ当なものだよ。私がこちらから動きたいって言ってるのは、私の気持ちの問題であって、あなたに関係ない。だから、あなたはあなたの選択をしてほしい。……あなたは我が強いタイプには見えないから、私の希望を先に言ったのは失敗だったかな。気にしないで、って言っても、ひっかかるよね」

「わたし、は、……――わたしだって、ただ助けられるのを待つのは、イヤです。攫われる、なんてことが起きるとは思ってなかったけど、でも、こうなった以上、これはわたしの問題でもあります。自分のことなのに、誰かの助けを待つだけなんて、そんなの、イヤです」

「…………」

「――だからって、わたしだけでここからどうするか、っていうのは思いつかないから、貴方に助けてもらうことになってしまうかもしれないけど。でも、貴方がどういう選択をするかは関係なく、わたしは、わたしの意思で、助けをただ待つんじゃなくて、自分から動きたいって思います」

「――うん。わかった。ありがとう。じゃあ、共同戦線と行こうか」

「っ……はい!」

「でも、その前に。敬語、戻ってるよ」

「あ……」

「それと、今更だけど、お互い名乗ってもなかったね。――自己紹介から始めるとしようか」


 非日常に放り込まれたら、平常心を失ってはいけない。
 それどころじゃなくたって、自己紹介をするくらいの余裕は持ってないと。これから一蓮托生状態になるのだから尚更に。
 努めてゆるく笑いかける。返された控えめな微笑みに、思いを新たにする。

 あの時の二の舞にだけは、絶対にさせないと。


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