±Days

それはお詫びにかこつけた



 実家の権力とそれなりに知られている己の顔を使って入った校舎内で、彼は人を探していた。
 制服の違う身はそれなりに目立つが、ある程度気配を殺しているので騒ぎになるほどではない。ここに通う兄から聞いた話を思い出しながら歩を進めれば、兄と探し人が居るであろう一角に辿り着いた。
 暫し足を止めて、室内の様子を探る。大まかに把握したところで、躊躇なく扉に手をかけた。申し訳程度に声を掛けて、開く。

「――驚いた」

 少しも驚いていなさそうに呟く声も、窓際の席に座って振り向くその顔も、予想通り探していた人のもので。
 少しだけ表情を緩ませた彼は、丁寧に頭を下げた。

「お久しぶりです。お変わりないようで何より」
「うん、久しぶり。香澄くんは結構変わったね。成長期だからかな」
「そうだと思います。最後にあなたに会ってから、身長がニ十センチほど伸びましたから」
「道理で目線が合わせにくいと思った」

 そう言って笑うその人に、己が考えていたよりも悪い状況ではないらしいと胸を撫で下ろす。

「ところで今日平日だけど学校は? きみに限ってサボりはないと思うけど」
「今日はうちの学校は休みなんです。馬鹿兄が今まで以上にご迷惑をおかけしていると聞いて、一度ご挨拶に伺わなければと思っていたのでこの機会に」
「それでわざわざ学校まで? ……っていうかここ生徒とか関係者以外も入れるんだね」
「それは、色々とごり押ししましたから」
「平然という台詞じゃないよねそれ」
「カンナさんのところですから、それくらいしないと入れなかったんです。手続きも交渉も面倒だったので二度とやりたくないですが」
「そこまでして来てもらわなくてもよかったのに」
「直接会ってお話したかったので」

 大真面目に告げた言葉はまるで睦言のようだったけれど、双方にそういう気持ちがないのは自明の理だった。言った方も言われた方も全く気にせず話を続ける。

「律儀だね。まっすぐ育ってくれて、小さい頃から知っている身としては嬉しいけど、もうちょっと肩の力抜いてもいいんだよ?」
「単純に、会える機会に会っておきたいというだけのことです。馬鹿兄と同じ思考回路だということは複雑な気持ちですが、理由があるときでないとあなたに会うのは難しい」
「難しい?」
「俺の心情的にですが。これ以上のご迷惑をおかけするのは心苦しいですから」
「そんなの気にしなくてもいいのに」
「気にしているのに配慮できない馬鹿兄を見ている上、他の方々もお変わりないと聞いていますから」
「まあ、あいつらはもう今更だし。立ち回りはうまくなってはきてると思うよ。一応」
「経験から学ばないのは愚者のすることですから、そこまでではなかったというだけのことでしょう。その学んだことを生かす方向が大分間違っているようですが」
「言うね、香澄くん。仮にも兄とその幼馴染なのに」
「多少幼少期に世話になったからと言って、現在の行動の瑕瑾が無かったことになるわけではないですから」
「まあそうだけど。あれでもあいつらの精一杯なんだから、あんまり厳しいこと言わないであげてほしいなー、と」
「……あなたならそう言うと思っていました。俺もあの人たちを反面教師に育った自覚はあるので、あまり口出しをするつもりはありません。ただ――」
「ただ?」

 軽く首を傾げる彼女に気付かれないように、一つ溜息をつく。
 何でもないふりの得意な彼女を心配する人間はきっとたくさんいるけれど、そのすべてに彼女は気づかないふりをするのだろう。今まで通り。


「言っておきたかったんです。あなたが求めるのなら、手助けをする用意はあると」
「――それは、香澄くん個人の話?」
「お好きにとっていただいて構いません」
「その台詞が既に明言したも同然だよね。――今は、いいよ。下手に刺激したくないし」
「……そうですか。でも、無理だけはしないでください。あなたはあの人たちに甘すぎる」
「まあ曲がりなりにも幼馴染だから。大丈夫だって。『経験から学ばないのは愚者のすること』なんでしょう?」
「あなたの『大丈夫』はあまりあてにならないと俺個人は思っているんですが」
「さらっと結構酷いこと言ったね」
「余計な手出しをするのは本意ではないので、今日のところは引きます」
「『今日』って注釈がつくところがまた。介入する気満々?」
「さあ、わかりません。今後の状況次第でしょう」
「香澄くんもタイプが違うだけで、実のところ我は通す方だよね」
「馬鹿兄たちほどはないと自負していますが」
「それは同意する。ま、心遣いだけ受け取っておくよ」
「受け取っておくと言えば。忘れるところでした」

 言いながら手に提げていた包みを差し出せば、彼女は目を瞬いた。

「馬鹿兄がいつもご迷惑をかけているお詫びに」
「本当にマメだね。中身はいつもの?」
「店は同じですが、新商品です。恐らくあなたの好みに合うかと」
「それは楽しみ。有難くいただくよ」

 「どうせなら一緒に食べようか」と笑った彼女に笑みを返して、「喜んで」と答える。断る理由など、どこにもなかった。

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