±Days

ムチとアメ



 彼女はとても捉えどころがなくて、けれどとても包容力のある人だとミスミは思う。

「何じっと見てるの。黙って見られると気持ち悪いんだけど」
「すみません、ちょっと感慨に耽ってまして」

 率直過ぎて外野からは棘だらけに思えるだろう言葉も、あえてそうしているのだと知っているから甘んじて受ける。
 本当に自分達を疎んでのことなら、野生のレベルで勘の鋭いユズはとうに彼女から離れているだろう。そうでないから、未だに自分たちは彼女と共にいる。それが彼女に傾倒しているのだととられる可能性を知っていて。

「あなたは、――」
「何?」

 言いかけた言葉を中途で止めて、少しだけニュアンスを変える。

「……不思議な人ですよね」
「いや不思議ちゃんはレンリあたりだと思うけど」
「そういう意味じゃありませんよ」
「だろうね」

 淡々とそう返す彼女に苦笑すれば、呆れたような視線を向けられた。

「あんたは察しが良すぎるのがたまにカワイソウになるな」
「……そうですか?」
「少なくとも他の三人よりは余計なことに気付く率が高いよね」
「そんなことはないと思うんですけど」

 彼女が何を言いたいかは朧に理解しつつ、あえてわからないふりをする。

「まあシラを切りたいならそれはそれでいいけど」

 彼女はあっさり話を切り上げて――は、くれなかった。

「言っとくけど、過剰な気遣いは要らないから。ウザい」
「……そんなはっきり言わなくてもいいでしょうに」
「そもそもの立ち位置が中途半端な人間が、埋め合わせみたいに極端な行動するのってどうよ」
「……。手厳しいですね」
「あんたの場合、中途半端に理解してるからヤなんだよ。カンナも複雑怪奇に捩じくれ曲がった方向に行ったけど、あんたはまた別なタイプみたいだから」

 「レンリくらいシンプルに行くかユズくらい吹っ切るかすればほっといたけど」と言われて閉口する。返す言葉は思いつかなかった。
 確かに自分は中途半端な立場をとりながら、それに付随する罪悪感を消そうとするように過剰反応をしているのだろう。彼女の身に起こるすべてに。
 それはただの自己満足で、彼女にとっては迷惑でしかないのだろうとわかっていて。

「ついでにもう一つ。言っとかないとまた勝手な解釈と憶測でぐるぐるしそうだし」
「酷い言われようですね。……否定はしませんけど」
「自覚はあるけど改善できないのがアレだよね。あんたたちみんなそんなもんだけど。――過剰に気遣われるのは心底ウザいけど、迷惑ではないから」

 渋々といった体で彼女が紡いだ言葉に、瞬く以外の反応はできなかった。
 それ以外の反応を選び取る前に、彼女は更に続ける。

「あんたら――っつーかあんたとカンナか。たまに忘れるみたいだけど、こっちとしては誰かに強制されてあんたらと付き合い続けてるわけでも何でもないから。付き合い続けるのも止めるのも自分で決めるし」
「……そんなこと言われると、調子に乗ってしまいそうです」

 やっとのことで絞り出した台詞に、彼女は少しだけ笑みを滲ませて。

「――なんか弱ってるみたいだからトクベツに飴をやろう。今回だけな」

 そういうふうに的確なタイミングで甘やかすから、自分たちは最善を選べないんだ、と。
 言い訳のように心の裡で呟いて、浮かべた笑みは己でもわかるほどに下手くそだった。



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