±Days

手放せないもの



 何の用?と、開口一番、どうでもよさそうに彼女は言った。
 手土産にお菓子と茶葉、ついでに読みたがっていた本を持った僕を見た彼女は、仕方がなさそうに溜息を吐いて家に上がらせてくれた。

「……金かかったものは好きじゃないって言ったの忘れたのかこの鳥頭」
「どれも家にあったものだよ。新たにお金はかけてないから譲歩してくれないかな」
「……ま、いいか。せっかくだしこのお茶淹れるかな。本は今度返す」
「もらってくれてかまわないんだけどね?」
「いやだね。借りを作るみたいで気持ち悪い。特にあんた相手だと碌なことにならなそうだし」

 容赦のない彼女の言葉に笑う。マゾなの?と嫌そうに言われたけどいつものことだ。

「さすが。いい茶葉だね」
「まあね。気に入ったのならまた持ってくるよ」
「一缶で充分だっての」

 いい加減、好意は素直に受け取って欲しいものだけど、彼女だから仕方がない。
 それに、僕も他のみんなも、彼女のそういうところが好きなのだし。

「……何普通に和んでんだこの野郎。とっとと本題にいけ本題に」
「僕、用事があるなんて言ってないと思うけど」
「嘘つけ」
「嘘じゃないよ」
「今までの行動パターンからしてバレバレなんだよ。さっさと吐けこの阿呆」

 乱暴な物言いだけど、さりげなくお茶のおかわりを淹れてくれる。それは話を聞いてくれるっていう、彼女なりの合図。
 ……だから彼女には、敵わない。

「ちょっと、疲れてね。逃げ出したいなぁ、なんて思っちゃったりしたわけだよ」
「そりゃオツカレサマ。……逃げる、ねぇ。あんたいっつも逃げてんのに、今度はどこに逃げようっての?」
「……手厳しいね」
「これでも甘くしてるつもりだったんだけど」
「…………」
「別にね、害がないしほっといてもいいんだけど。一応幼馴染としてあんたを多少まっとうな人間に留めておいてやらないとマズイかな、くらいは思うわけだ」
「すごい言い様だね」
「オブラートに包んでるんだが足りなかったか? 小児用の飲み薬レベルに甘くしてやろうか」
「遠慮するよ」

 彼女から、真意はどうあれそんな甘い言葉が出てきたら天変地異が起こりかねない。
 それに、――そうなったらますます手放せなくなる。彼女もそれを知ってるから、甘い言い方をしないのだろう。

「ま、甘やかして欲しいなら他を当たりなよ。どーせよりどりみどりなんだし?」
「そんな節操なしと思われていたなら心外だな」
「思っちゃいないが素質はあると思ってるよ正直なとこ。っつかあんたがそれくらい甲斐性のある男だったらまだマシだったんじゃね? 適度な息抜きが出来て」
「もしそんな男だったら、君はとっくに僕から離れていただろう?」
「さあね。離れてたかもしれないそうじゃないかもしれない。まー、少なくとも今のあんたよりは健康的だと思うけどね。あんた周りに心配かけすぎなんだよ」
「? 周り?」
「そこにおいてる観葉植物と壁にかかってる絵、流してるクラシックCDとそこのティーセット、今日夕飯になる予定の高級食材諸々、全部あんたのこと心配して頼みにきた奴らの手土産だ。いい幼馴染を持ったな?」

 人の悪い笑みを浮かべた彼女は、やっぱりいつもと同じだけど――声は、少しだけ優しかった。

「この時間に来たってことはこの後空いてるっしょ。せっかくだし夕飯食べてけば? 味に文句言ったら叩き出すけど」
「文句なんか言うわけないよ。……ありがとう」

 素直に礼を言うあんたは気味が悪い、と容赦のない言葉を投げられたけど、本当に感謝してるんだ。
 気を張らなくていい場所。取り繕う必要のない場所。無言の期待も、覆い隠された悪意も、ここにはない。
 その全てを僕は自分で選び取ったけど、それでも、それだからこそ、嫌になるときがある。全て投げ出してしまいたくなるときがある。
 だからこうして、知ってて逃げ場所になってくれる彼女には感謝してるんだ。それはきっと、他のみんなも同じだろう。
 手放せなくてごめんね、と、僕は彼女に聞こえないように呟いた。


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